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体にいいことは全部猫から教わった

猫と暮らしながら、ゲームをしながら、糖質制限しながら、ライターやってる人のブログ

休職と休職後の復帰。そして退職へ(その1)

雑記 躁うつ病

私はプロフィールにもある通り、日本IBMに在籍していたことがあって、そのときに休職経験がある。

今回はそのときのことと、その後退職し1年を経て、転職したベンチャー企業での休職について話していこうと思う。

勿論、大手とベンチャーの違いはある。それでも、どちらの会社も復職できなかったという事例である。

 

日本IBMには新卒で入って2年目で休職した。理由は簡単だ。1年目から躁鬱(この頃はまだ季節性鬱と診断されていたが、後に躁鬱であることが分かった)を抱え、徐々に仕事が出来なくなり、「もう無理!」とパンクしたところで「お願いします休職させてください」と産業医にお願いしたからだ。

仕事ができなくなった頃からずっと社内システムにある「心の相談室」に相談していた。

「どうすれば仕事ができるようになるのか」「どうすれば楽になれるのか」と手っ取り早い方法ばかり聞いていた気がする。

電話での相談員は、ともあれ「休息を取るべき」と勧めるばかりで話にならなかった。

けれど、人にぶちまけることで、少し楽になっていたところはある。

 

結果、休職1年半。フルに使って私は休んでいた。

はじめは躁状態が酷くて遊び歩いていて、仕事から解放されるとこんなに楽しいのか?と思い込んでいた。

それが幻想だと分かったのが、1年過ごしてから。

体にガタがき始めたのだ。躁状態で遊んでその後酷い鬱が来る。

 

「死にたい」「家の前の線路で死ねるかな」「飛び降りできる場所ないなぁ」「首つりならいけるかな?」そんなことばかり考えていた。

 

実際線路前でぼーっとしていたり、家でコードなどを目にして、首をつろうとしてみたりした。

結果的にそれらは上手く行かずに終わったのだが、その時はあまり思わなかったが、今にして思えば酷い鬱状態だったと思う。

アップダウンが激しいのが躁鬱の特徴でもある。

だからといって躁状態の時にITの仕事に集中できていたかというと、システムエンジニアというものが苦手だった私は(これでも情報系学科で大学を卒業しているが)できる気がしなかった。

 

一度なんとか主治医と産業医、当時のマネージャーのOKを貰い、復職する。

しかし、復職したものの、待っていたのはまた苦手なシステムエンジニアの仕事。

しかも中途半端な状態(躁鬱が落ち着いた訳ではなく、単に鬱期だっただけ)で復帰したため、仕事はダメダメ。休み休みの仕事になる。

けれど有給は少なかったため、有給を使い切ってしまう。

有給を使い切ってしまったことをマネージャーには怒られ、退職するしかないと言われた。

「頑張ったけど、やっぱり無理だった」というのがこのときの感想。

もう無理矢理に体を動かしていた状態だったので、満身創痍というのが正しかった。

実家に戻ろうにも、母親に手伝ってもらわなければ戻れず。。。

ひいひい言いながら実家に戻って泣いた。

この時が私の中で最も具合の悪かったときだと思う。

 

この時も私の中では「消えたい」「死んでしまいたい」「生きるのが怖い」などという言葉がちらついて離れず、恐怖の中生きていた。

 

そんな退職の仕方だったため、友人にもLINEでしか連絡することなく、突如関東から私は消えた。。。

 

次回、1年の休息を経た後の転職と、転職先での休職の話。